日本統治時代の旧緑町遊郭…釜山忠武洞の置屋街「ワノルドン」は現在どうなっているのか (全2ページ)

朝鮮半島は明治43(1910)年の日韓併合から35年間、日本による統治を受けていた。その時代の痕跡は、特に日本にも近い韓国第二の都市・釜山にもそこかしこに残されているのだが、とりわけ特筆すべき点が「日本時代の遊郭がそのまま残った場所がある」というところ。

韓国 釜山 チャガルチ

それが釜山の中心市街地に位置する地下鉄1号線チャガルチ駅から割と近い所にあるというので、一度見に来てやろうと思っていたのだ。日本時代には「緑町遊郭」と呼ばれていた場所…現在は釜山広域市西区忠武洞2・3街にあたる地区である。

韓国 釜山 チャガルチ

チャガルチ駅を降りると目の前には九徳路というぶっとい幹線道路が走っている。ここを境に海側はチャガルチ市場、陸側には光復路や国際市場などの繁華街が広がっている。都心中の都心ですよね。しかしここから旧緑町遊郭へは繁華街とは無関係な南西側へ歩く事になる。

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

旧緑町遊郭へは一番の大通りである九徳路もしくはチャガルチ市場沿いに歩いてくる事になる。地図を見ても非常に分かりやすく行きやすい場所だ。チャガルチ市場の西側に隣接する「忠武洞市場(충무동시장)」のゲートが現れると、あとはこの道をひたすらまっすぐ進めば辿り着く。

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

忠武洞市場もまた大量の屋台や飲食店、食料品店が密集しまくっている市場になっていて韓国人の食文化の旺盛さをひしひしと感じる事ができる場所だが、夜になると多少いかがわしい雰囲気に変わる。

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

市場を突き当たると、このやたらと目立つ虹色の階段が現れる。大人の夢の国への入口なのかそれとも…といった感じですが、まあこのへんにも怪しい看板を掲げるカラオケ店(노래방)ばかりが密集しており、旧遊郭の隣接地らしい佇まいが残っているのだ。

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

「大人の階段」を登り切ったらその先に現れる天馬路(천마로)を超えた西側一帯が旧緑町遊郭。地下鉄1号線チャガルチ駅から徒歩5分ちょい。非常に道順も分かりやすいのでハングルが読めなくとも楽勝で辿り着ける。

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

日本の遊郭跡みたく、突然不自然に幅広な道路が出てきた所でもう丸分かりなのだが、ここが緑町遊郭跡の入口である。歩道が広めに取られており車道部分は登り方面の片側一方通行だ。

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

旧緑町遊郭は、地図で見る限り規模こそ小さいように思えるが、ちゃんと遊郭時代の街路がそのまま残されていて、メインストリートに街路樹が植えられていたりする所も日本の遊郭跡に共通する特徴がある。奇妙な親近感が湧きませんかね?

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

しかし旧遊郭地の北側半分くらいはフツーの住宅地に変わっているようで別段アレな気配は感じられない。どうも現在の盛り場は南側半分、坂の上の方に固まっているという事らしい。

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

で、メインストリートの坂道をずんずん登っていくと確かに南側半分あたりでくっきりと建物の質や雰囲気が変わっている。旧緑町遊郭が現在でも釜山屈指のアレなスポットとして現役なのは話には聞いていたが、中央分離帯に置かれた監視小屋みたいなところにも「正しい青少年の成長」などと書かれてるし…

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

どうもネット上では「摘発されて壊滅した」云々噂が飛び交っていたりして、本当なのかどうか半信半疑でやってきたのだが、この様子を見ると全くそんな事は無かったようだ。店名が書かれた看板の文字が不自然に消されたガラス張りの奇妙な店舗ばかりが連なる。

韓国 釜山 忠武洞 ワノルドン

そう、ここが釜山屈指の置屋街「玩月洞(ワノルドン/완월동)」である事は明確である。日本でも吉原遊郭や川崎堀之内がそうなっているように、日本統治時代の緑町遊郭は形を変えながらも世代を超えて同じ役割を果たしているのだ。

>2ページ目を読む


The following two tabs change content below.
DEEP案内シリーズ管理人。2009年から海外各地を訪問し始め、現在の訪問国は25ヶ国。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
タグクラウド
スポンサーリンク
スポンサーリンク
トップへ戻る