日本人の墓石が石垣や階段にされてしまった釜山の観光スラム街「峨嵋碑石文化村」を歩く (全2ページ)

韓国各地には「タルトンネ」(달동네)と呼ばれるスラム街が残っている。「月の村」という意味の言葉で、お月様に近い山の中腹に作られた貧民街という意味の俗語である。

韓国 釜山 甘川洞

韓国第二の都市である釜山にも多くのタルトンネが存在する。朝鮮戦争時代に北朝鮮軍の南進によって一時期首都ソウルが陥落し、大量の避難民が朝鮮半島の最南端に位置する釜山に押し寄せ、居住環境の悪い山の中腹部に着の身着のままで掘っ立て小屋を建ててそのまま生活し始めたのだ。

韓国 釜山 甘川洞

その代表的な存在である「甘川洞」(감천동)は、朝鮮戦争時代の悲壮感もどこへやら、アートが街中に溢れる観光地としてすっかり定着していて「甘川文化村」(감천문화마을)の名称で、トリップアドバイザーあたりの観光地ランキング上位入りしているようなシャレオツ観光スラムになっている。

韓国 釜山 甘川洞

「夢見る釜山のマチュピチュ」と呼ばれているらしい甘川文化村…まあ、事前に話は聞いていたんですが、本当に観光客だらけですね…韓国では「セルカ棒」と呼ばれる自撮り棒を持った若々しいリア充どもがやたらと多い。ちょっとしたトレンディスポットなんすかね…

韓国 釜山 甘川洞

今の韓国社会ではスラム街を「文化村」(文化マウル)に、つまり観光地化する事を推し進めているようで、その証拠に甘川文化村の展望台には朴槿恵大統領がこの地区に訪問した旨を紹介する案内板まで設置されている。なんとまあ、随分VIPな扱いだこと。社会の暗黒面であるスラム街をアートで活性化…その成果が最も顕著に現れた場所が釜山甘川洞なのである。

韓国 釜山 峨嵋洞

しかし今回紹介するのは甘川洞ではなく、その手前にあるもう一つのタルトンネ「峨嵋洞(아미동)」である。地下鉄1号線でチャガルチ駅のすぐ隣、土城駅で降りましょう。駅構内にのっけからタルトンネの一つ「甘川文化村」を紹介する垂れ幕看板と、顔ハメ看板がありますニダ。

韓国 釜山 峨嵋洞

甘川洞は土城駅から遠いので、マウルバスという路線バスに乗って向かう事になるが、峨嵋洞は甘川洞の手前にあり、駅から歩ける範囲で行けるので、徒歩で向かう。途中、峨嵋洞市場の入口があり雑多な下町の日常風景が繰り広げられている。

韓国 釜山 峨嵋洞

ごちゃごちゃした市場の雰囲気もなんだか大阪の下町みたいでそそられるのだが、目的地はこちらではありません。タルトンネ(月の村)というだけあって、どんどん坂の上に登っていった所にスラム街がありますんでね。

韓国 釜山 峨嵋洞

「峨嵋路」「峨嵋初等学校」を目印に坂道をずんずん登っていく。土城駅から徒歩10分強だろうか、既にこの辺から峨嵋洞のタルトンネが始まっている。この地区も、やはり朝鮮戦争時代の避難民が住み着いて出来た貧民街という事になる。

韓国 釜山 峨嵋洞

もう結構坂を登ってきたようで、右手側には釜山の街並みが眺望できる。かなり山がちな土地なんですねここ…ちなみに土城駅近くには朝鮮戦争時代に一時期陥落したソウルから避難してきた当時の李承晩率いる韓国政府が大統領官邸として使っていた「臨時首都記念館」も存在する。

韓国 釜山 峨嵋洞

やがて車道はつづら折りの坂道となり、その上にもどんどん家が建っている。日本で言うと長崎みたいな感じだな。ただ坂の上に来ても全く高級感が漂って来ないのがタルトンネたる所以ですけどもね。

韓国 釜山 峨嵋洞

そのうち「碑石文化村(비석문화마을)はこっちだよ!」的な看板が現れるのだが、この「ぬりかべ」みたいなキャラは何なのだ。そしてここで出てくる「碑石文化村」という固有名称…

韓国 釜山 峨嵋洞

実のところ、この「碑石」とは、日本統治時代にあった日本人の墓石の事なのである。朝鮮戦争の時に大量に流れてきた避難民が、当時日本人墓地だったこの一帯に着の身着のままで家を建てて、日本人の墓石をそのまま建物の土台や階段などにしてしまったのが、そのまま残っている場所というのだ。

韓国 釜山 峨嵋洞

このさっきからやたらと見かける「ぬりかべ」なのか「おでんの具」なのかよくわからん奴も、墓石の上に家が建っている様子を擬人化した、なかなか韓国人らしい奇抜な発想のキャラクターなのである。

韓国 釜山 峨嵋洞

案内看板の矢印にしたがって、タルトンネの狭い狭い路地に足を踏み入れる。やはりここも甘川文化村と同じように、貧民街の暗いイメージを払拭するべく民家の壁がこれでもかとアートで埋め尽くされている。

韓国 釜山 峨嵋洞

貧民街をアートで埋め尽くすのも「治安対策」を考えて行われているらしいのだが、それに加えて目につくのが警察関係の看板。韓国での警察への緊急電話番号は112番。

韓国 釜山 峨嵋洞

さらには和やかムードな絵が描かれた「児童の安全を守る家」の看板も。校内暴力の通報は117番、子供の行方不明の通報は182番へ、などと書かれている。

韓国 釜山 峨嵋洞

釜山のタルトンネは傾斜の激しい山の中腹に形成されているためか、ただでさえ迷路と化した路地に高低差の激しさも加わる。普通に行き来するだけでもなかなか大変である。場所柄だけか廃屋も目につきやすいが、未だにここで日常生活を続けている人々が現在もいるのである。

韓国 釜山 峨嵋洞

急峻な斜面に無理くり家を建てまくったという朝鮮戦争当時の逼迫した状況が今でも見られる特殊地域、それが峨嵋洞なのである。こうして廃屋と化したまま放置されている家も少なくない。わざわざ不便な土地に住む理由も見当たらないだろう。

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DEEP案内シリーズ管理人。2009年から海外各地を訪問し始め、現在の訪問国は25ヶ国。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。