旧ソ連時代の要塞監獄の廃墟に潜入!エストニア・タリンの「パタレイ刑務所博物館」が凄い (全3ページ)

「刑務所の中を見られる」という、娑婆に暮らす我々にしてみれば非日常性に溢れる経験も、日本国内では全国の拘置施設の開放イベントなんかで出来るのだが、いざ塀の中まで入った所で様々制限が付いていたり、府中刑務所みたくネズミーランドのアトラクション並に気の遠くなるような行列に並ばなければならなかったりと殊の外ハードルが高い訳ですが、それならば海外の刑務所見学は如何でしょう。

エストニア タリン

ソ連崩壊後いち早く独立しEUの仲間入りをしたバルト三国の一番北にあるエストニア共和国の首都タリンに、旧ソ連時代に作られた刑務所をまるまる博物館にしてしまった施設がある。「パタレイ刑務所」(Patarei Prison)である。Patareiというのはエストニア語で「Battery」を意味する言葉らしい。何故にバッテリーなんでしょう。

エストニア タリン

元々この場所は1828-1840年に掛けてロシア帝国時代に築かれた海上要塞が前身で、1867年から兵舎として、さらには1919年から刑務所として使われるようになり、2004年に閉鎖された。その後は廃墟状態で放置プレイをかまされていたのだが、それを観光客向けに一般公開するようになったとの事。我々の訪問時は正午から午後9時までが開館時間だった。

エストニア タリン

ちなみにタリンの街自体もヨーロッパ随一のハブ空港がある隣国フィンランドの首都ヘルシンキから高速船が出ているので、その気になれば日帰り観光をする事ができる。フェリー乗り場にも近いので、この場所にも割と訪問しやすいはず。

エストニア タリン

旧ソ連時代の趣きを残す歴史のある刑務所建築はそのままに、敷地内はアート作品や壁に描かれたグラフィティの数々が個性を放っている。

エストニア タリン

しかし何なんすかこのふしだらな絵は…

エストニア タリン

パタレイ刑務所へはタリン駅や旧市街からも歩いて来られる範囲にある。目の前に広がるはバルト海。ナイスビューなシーサイドプリズンである。

エストニア タリン

バルト海に面した部分の建物は曲線を描いていて刑務所らしからぬ優雅なイメージ。夏場に来たら呑気にしていられるけど冬の寒さは尋常ではない訳で、タリンは北緯59度という高緯度の街ですからね。夏は日が長過ぎて観光しやすいのが良い。エストニアは東欧というより北欧である。

エストニア タリン

刑務所の鉄格子の窓からも見えるバルト海の向こうにはフィンランドがある。海上にはヨットが沢山出ていて平和な風景だが手前を見ると銃を持った監視員のシルエットと有刺鉄線が飾られていて殺伐としてます。開放時間中、施設の外回りは自由に見て回れるが、建物に囲われた中庭や建物内に入るには3ユーロの入場料を払う必要がある。

エストニア タリン

有料ゾーンに突入するとそこはリアルな「塀の中」の世界。三階建てのパタレイ刑務所の建物が中庭を囲んで四方に立ち塞がる。窓という窓は全て頑丈な鉄格子に覆われていて、もう見るからにプリズンです。

エストニア タリン

中庭に入ってすぐ左手の所から刑務所の内部に潜入できてしまう。海上要塞として建てられ築200年近い建物だけあって古さが際立っている。そして何故か洞窟の中のようにひんやりした空気に満ちている。生理的に結構来ますねここ。

エストニア タリン

一階から順番に散策していく事にする。廊下は洞窟のように薄暗くじめじめとしていて昼間でも日光の当たる場所は限られている。

エストニア タリン

我々はこの場所を「刑務所博物館」だと知って入ったのだが、有名な網走監獄のようにきっちり整備されている訳ではなく、内部の状態は大部分廃墟と化したまま大して手が付けられていない。これには驚いた。

エストニア タリン

いつしか気分は完全な廃墟探検モードに変わっていた。まさか「リアルな刑務所の廃墟」だとは思って居なかったのである。地元のヤンキーに荒されたのかアート作品なのかよく分からない弄られ方をされた部屋まである。

エストニア タリン

全く日が当たらず闇に包まれた小部屋が沢山あり、辛うじてカメラのフラッシュを焚いてその小部屋がトイレである事に気がつく。カビ臭い有機的な異臭が漂い、五感で不気味さを感じる事ができる。

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DEEP案内シリーズ管理人。2009年から海外各地を訪問し始め、現在の訪問国は25ヶ国。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。